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一等星、逝く ~ベガの思い出~

8月16日午後2時、名牝ベガが他界したらしい。16歳。
1993年1月デビュー。現役時の競争成績は9戦4勝で、桜花賞・オークスの2冠を制した名馬だった。この年の4歳馬(現表記では3歳)はトニービン初年度産駒の世代で、所謂トニービン旋風が吹き荒れた一年だった。4歳限定G1だけでも、牡馬はウイニングチケットがダービー制覇(皐月賞4着、菊花賞3着)、牝馬はベガが2冠、エリザベス女王杯も3着(2着ノースフライトもトニービン産駒)であり、それまで不動のリーディング・サイアーであったノーザンテーストやリアルシャダイを蹴散らすような活躍だった。


ベガは生まれつき脚が曲がっており期待された血統でありながら買い手がつかなかったらしい。まぁ、一度はレースに使ってみようということでデビューさせたら思った以上に走ってしまったというのが本音みたいだ。
個人的には、とにかく綺麗な馬だったという印象が強い。桜花賞では逃げるマザートウショウを競り潰して勝利、オークスでも早め好位から綺麗に抜け出して勝利と鞍上の思うがままに動ける素直な馬だったように記憶している。ぶっつけで挑戦となったエリザベス女王杯(「ベガはベガでもホクトベガ!」の実況はいまだ脳裏に焼き付いている)は残念ながら3着に敗れてしまったが、負けて強しと思わせる内容だった。確かレース終了後に武豊騎手が「有馬に行きましょう」と進言したという話も記憶に残っている。

結局オークスを最後に勝利を上げることなく引退となったが、名牝にはさらに大仕事が残っていた。初仔アドマイヤベガのダービー制覇である。ちょっとお行儀の悪い馬だったのか、デビュー戦は斜行で1着入線も4着降着、2戦目500万下エリカ賞が初勝利だった。ラジオたんぱ杯3歳ステークスで重賞初勝利、皐月賞は体調不良で6着に沈んだものの日本ダービーでは終始後方待機から直線で弾け、早仕掛け気味だったテイエムオペラオーとそれを追いかけたナリタトップロードを見事にかわして制した。個人的にはベガの年の日本ダービー(ウイニングチケット、ビワハヤヒデ、ナリタタイシン)と並ぶ大好きな日本ダービーだ

2番仔アドマイヤボスはセントライト記念勝ち、3番仔はアドマイヤドンは地方交流を含めG1・7勝をあげた。その後目立った話を聞かなくなったが、今年はキャプテンベガが少し話題になったね。現在1歳牝馬(父ファルブラブ)が最後の産駒らしい。

名牝の肌にサンデーサイレンスということで期待されていたアドマイヤベガは2004年に急逝したが、今年の桜花賞馬キストゥヘヴンを輩出した。残されたアドマイヤドン達に是非ともこの名牝の血脈をつないでいってもらいたいものだ。

ご冥福をお祈りいたします。
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[ 2006/08/18 17:44 ] 競馬日誌 | TB(0) | CM(0)

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