FC2ブログ






ある種牡馬の死

ちょいと古いネタだが、1995年東京優駿を制したタヤスツヨシが7月29日に亡くなった。16歳であるからまだちょっと早いかなぁ、という感じがするが、まずはご冥福をお祈りする。通算成績13戦4勝。ダービー馬という称号があるとはいえ、その他の重賞勝ち鞍はラジオたんぱ杯3歳S(現、ラジオたんぱ杯2歳S)のみ、皐月賞(G1)こそ2着であるがダービー後は1勝もできずに引退したどちらかといえば目立たないダービー馬の一頭である。

競走馬に関わる方々にとって日本ダービーというのは特別なものだと言われる。実際私自身馬券を買って楽しんでいるだけのモノであるが、それでもやはりダービーは今でもワクワクする。馬にとっては一度しかないチャンス、そのレースへ向けての競馬関係者の熱の入りようはやはりこのレースならではである。
ウイニングチケットで念願のダービーを制覇した柴田政人騎手(現調教師)が「ダービーを勝てたら騎手をやめてもいい」と語ったことがあるという話はあまりに有名である。実はこの思い入れの強さが、「ダービー馬必ずしも最強馬ならず」の要因のひとつだと私は思っている。
(誤解を招くといけないので一応・・・。少なくともダービーを制した馬達はダービーの時点においてはその世代最強馬であり、この事実は動かない。競馬の格言で「最も速い馬が勝つ」皐月賞、「最も運が強い馬が勝つ」日本ダービー、「最も強い馬が勝つ」菊花賞、というのは有名であるが、これは例えであって、個人的には各々のレースを勝った馬がその時点で距離適正等を含めて最強であることは間違いがない。ただ、そのレース後の活躍があるや否やで総合的に強い馬と思われるか大したことがない馬と思われるか、である)

2008年 ディープスカイ
2007年 ウォッカ
2006年 メイショウサムソン
2005年 ディープインパクト
2004年 キングカメハメハ
2003年 ネオユニヴァース
2002年 タニノギムレット
2001年 ジャングルポケット
2000年 アグネスフライト
1999年 アドマイヤベガ
1998年 スペシャルウィーク
1997年 サニーブライアン
1996年 フサイチコンコルド
1995年 タヤスツヨシ
1994年 ナリタブライアン
1993年 ウイニングチケット
1992年 ミホノブルボン
1991年 トウカイテイオー
1990年 アイネスフウジン

リアルタイムの経験で私の記憶に残っているダービー馬は19頭。先述した「ダービー馬必ずしも最強馬ならず」は以下の指摘でじゅうぶん間に合うと思う。

1)日本ダービーを最後に一度もレースをすることができなかった馬3頭(アイネスフウジン、サニーブライアン、タニノギムレット)
2)ダービーの翌年以降に出走できなかった馬が3頭(ミホノブルボン、アドマイヤベガ、キングカメハメハ)
3)日本ダービーを最後に勝ち星がなかった馬が3頭(タヤスツヨシ、フサイチコンコルド、アグネスフライト)

何と半数はダービー後に大した活躍をすることなくターフを去っている。それに対して明け4歳(旧標記で5歳)以降にG1を制した馬となるとトウカイテイオー、スペシャルウィーク、ディープインパクト、メイショウサムソン、ウオッカの5頭だけである。

体の丈夫さ等、個体による差もあるから一概には言い切れないが、ダービーというレースそのものの過酷さに加えて、どこかでムリ使いしていることが原因であることは間違いない。顕著なのは某厩舎で、NHKマイルカップ→日本ダービーというヘビーローテーションで結果的に2頭のダービー馬をパンクさせてしまった。ダービーこそ勝っていないがクロフネもやはり同じローテーションで使って結局その年末にはターフを去っている。今年のダービーを制したディープスカイもこのローテーションだからちょっと気になるところではある。

さて、話が大きく脱線してしまった。

タヤスツヨシは大種牡馬サンデーサイレンスの初年度産駒(1992年産)である。同期にはフジキセキ(4戦4勝、朝日杯)、ジェニュイン(21戦5勝、皐月賞・マイルCS)、ダンスパートナー(22戦4勝、オークス・エリザベス女王杯)などのサンデーサイレンス産駒がおり、所謂サンデー旋風の内の1頭である。

1990年産はトニービンの初年度産駒が大暴れ(ベガ:桜花賞・オークス、ウイニングチケット:日本ダービー、ノースフライト:安田記念・マイルCS)、1991年産はブライアンズタイムの初年度産駒が大暴れ(ナリタブライアン:朝日杯・皐月賞・日本ダービー・菊花賞・有馬記念、チョウカイキャロル:オークス)といった具合で新種牡馬が2年連続して大活躍した翌年にサンデーサイレンスは登場した。

どこまで確かな話かは知らないが、新種牡馬にはA級の牝馬はあてないものらしい。実際トニービンにしてもブライアンズタイムにしても精々「まぁまぁの牝馬ですね」クラスと最初は交配していたらしい。サンデーも同様であったであろうことは、フジキセキ・タヤスツヨシ・ジェニュインなど、彼らの兄弟姉妹に大した活躍馬がいないことを思えば想像に難くない。

ただ、1990年代に現れた三大種牡馬にとってラッキーだったのはノーザンテーストを中心としたノーザンダンサー系牝馬の存在であろう。1975年から種牡馬入りしたノーザンテーストは1982年にテスコボーイからリーディング・サイヤーの座を奪い取り通算10度リーディングサイヤーに輝いたワケだが、その影響もあって日本ではノーザンダンサー系種牡馬が大流行した。その娘たちとの交配が新しく出現した三種牡馬の成功の影にあることは間違いない。三大種牡馬以前に長距離路線を中心に優秀な馬を輩出したリアルシャダイなども含め、母父マルゼンスキー(ノーザンダンサー系)は非ノーザンダンサー系種牡馬の相手として王道のひとつだったといっていい。
逆にノーザンテーストはノーザンダンサー系の血の飽和の波に巻き込まれていった。ノーザンテーストの血脈は父系ではアンバーシャダイ→メイロライアン→メジロブライトと伸ばしたのが多分最高でメジロブライトの死によりここで直系は途絶えそうだ。

サンデーサイレンス亡き後、種牡馬の覇権争いは混沌とするかと思われたが、どうやらここ数年は一応アグネスタキオン(父:サンデーサイレンス)で落ち着くのではないかと思う。勿論競走馬としても種牡馬としても優秀な馬であるが、出てきたタイミングもちょうどよかったと私は感じている。父サンデーサイレンスと繁殖生活で重なった時期が短いからである。しかも毎年のようにサンデーサイレンスと種付けしてはハズレを出さないノーザンダンサー系のA級牝馬も高齢ながらまだ繁殖生活を送っているのである。サンデーの初年度産駒だったフジキセキにしても翌年のダンスインザダークにしてもなかなか国内G1馬を輩出できなかったのは彼らの偉大な父の存在が大きかったハズだ。あくまでもサンデーサイレンスの代理的な位置づけであったことだろう。

その点アグネスタキオンはサンデー亡き後、サンデーと交配していたA級牝馬との交配が多い。昨年大活躍したダイワスカーレットの母スカーレットブーケはサンデーサイレンスとの配合が定番だったし、ディープインパクトの母ウィンドインハーヘアもやはりサンデーサイレンスが定番だった。

そうなるとディープインパクトはどうか・・・。言わずとも知れているサンデーサイレンスの最高傑作であるが、種牡馬としては少々出てくるタイミングが遅かった可能性がある。何しろ母父サンデーサイレンスというのがA級牝馬の証みたいなご時世なのである。これまでサンデーとの配合で成功してきた牝馬達はもうみんないい歳だ。早期によく走る仔が出なければアグネスタキオンによい相手を奪われるかもしれないし、種付けする相手がまともに揃わないなどという憂き目がないわけではない。

日本には3冠馬が5頭いる。セントライトはさすがに知らないが、シンザンとシンボリルドルフはG1ホースを、しかも3冠馬に手が届きそうな仔を出した。ナリタブライアンはあまりにも早くに生涯を終えてしまったのが残念だが、ミスターシービーは遂に一頭もG1ホースを出すことなく繁殖生活を終えてしまった(皐月賞で彼の息子シャコーグレイドがトーカイテイオーの2着だったのはあまりに象徴的でシービーのファンとしてはちょいと寂しいが・・・)。当然ながらホースマン達はディープインパクトにあいそうなA級牝馬を捜し求めておられるであろうが、今回タヤスツヨシの死を聞いて「そう楽なことではあるまい」と感じ、敢えてブログにあげてみた次第だ。
スポンサーサイト



[ 2008/08/10 23:03 ] 競馬日誌 | TB(0) | CM(0)

コメントの投稿













管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://moher.blog28.fc2.com/tb.php/432-172ca3e4